俣病の原因は、海に近い化学工場から排水 (はいすい) された有害なメチル水銀でした。水銀で汚染された魚や貝を食べ続けたために、神経がおかされ、体がしびれて動けなくなったり、口がきけなくなったりして苦しむ人が増え、死亡する人も現れました。
  患者
(かんじゃ) とその家族は、工場や国や県に責任を求める裁判 (さいばん) を起こしました。1996年、水俣病が発生して40年以上もたって、ようやく患者と国や県が話し合い、全面的に和解しました。


▼浜元二徳さんとのふれあい (水俣市立石坂川小学校のページ)

石坂川小学校の5・6年生が、水俣病資料館で浜元さんに聞いた話がまとめてあります。

▼水俣病年表(熊本日日新聞社のページ)
発生してから40年以上もたつ水俣病の歴史を振り返ることができます。
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