重県四日市市では、1960年ころから、ぜんそくや気管支炎 (きかんしえん) などで苦しむ人が増えました。この病気の原因は、人の体に有害な二酸化いおうをふくんだけむりでした。そのけむりは、石油化学コンビナートの工場から出ていました。
 患者
(かんじゃ) たちは、1967年に工場をうったえ、1972年には、ようやく工場の責任が認められ、患者にばいしょう金がしはらわれました。


▼小中学生の作文(四日市再生「公害市民塾」のページ)

公害がひどかった当時のことを、四日市市の小学生が作文に書いています。

▼四日市公害を語る (四日市再生「公害市民塾」のページ)

四日市ぜんそくに関する小学生の質問に、公害について裁判 (さいばん) を起こした野田さんが答えています。

▼公害が起こったわけ(四日市再生「公害市民塾」のページ)

四日市ぜんそくがなぜ起きたのかが分かります。

▼判決文が今に生きている(四日市再生「公害市民塾」のページ)

この裁判 (さいばん) の結果から人々が学んだことが分かります。

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