三重県四日市市では、1960年ころから、ぜんそくや気管支炎 (きかんしえん) などで苦しむ人が増えました。この病気の原因は、人の体に有害な二酸化いおうをふくんだけむりでした。そのけむりは、石油化学コンビナートの工場から出ていました。 患者 (かんじゃ) たちは、1967年に工場をうったえ、1972年には、ようやく工場の責任が認められ、患者にばいしょう金がしはらわれました。
公害がひどかった当時のことを、四日市市の小学生が作文に書いています。
四日市ぜんそくに関する小学生の質問に、公害について裁判 (さいばん) を起こした野田さんが答えています。
四日市ぜんそくがなぜ起きたのかが分かります。
この裁判 (さいばん) の結果から人々が学んだことが分かります。