先回は、若い先生方の一年間の活動を振り返り、教育力は30歳までに完成
するというのは誤解であること、子どもたちのために何でもやってあげたいと
いう気持ちが、かえって子どもたちに必要なものを見えなくさせることがある
ことについて書かせていただきました。
今回は、学校という共同体に先生がどう参加していくのかについて書かせて
いただきます。共同体(=コミュニティ)として、学校はどんな役割や意味を
もっているのか再確認しながら、話を進めていきたいと思います。
学校はコミュニティです。そこには、子どもたちがいて、先生がいて、職員
がいます。それぞれに自分の役割があり、お互いが欠くことのできない存在と
してかかわり合いながら、学校という機能を作っています。
学校は、もちろん子どものための教育機関ですが、じっくり考えてみると、
それだけではありません。学校は、先生にとっての働く場であり、同時に学ぶ
場でもあります。すなわち、先生が、先生としての自分の力量を上げていくた
めの場でもあるのです。
働く場としての学校は、制度によって仕事が明文化されており、それぞれの
役割もはっきりしているので、先生同士がお互いの仕事を共通理解することが
できます。
しかし、学ぶ場としての学校は、明文化されているわけでもなく、学ぶ場と
しての学校を、先生同士が共通理解しているわけでもありません。
この曖昧な、学ぶ場としての学校を、確かなものとして成立させていくため
に必要なのが、先生同士のつながり(=共同体意識)です。つまり、先生方の
間で、お互いに「先生にとっての学ぶ場」を作っていこうという意志をもつこ
とで、学ぶ場としての学校が生まれてくるのです。
したがってと、学びの場としての学校という共同体に参加するためには、参
加しようという主体的な意志が必要であり、自分がどう参加していくのかを考
え、決断することが不可欠になります。
ここまでの説明でも十分に理解していただけると思いますが、改めて書くと、
次のようになります。
学校という共同体は、与えられた仕事のノルマを果たしていく場としてとら
えることもできれば、自分がよりよい存在になっていくための学ぶ場ととらえ
ることもできます。学校という共同体を学ぶ場とするとき、学ぶべきもののほ
とんどは、共同体にいる人とのつながりの中にあります。若い先生方は、この
ことに気づき、学ぶ場としての共同体を作っていく主体者の一人になる決意を
することが必要です。
つまり、同じ学校にいる先生方と、初めは数人でもいいから、授業を振り返
り、よりよい実践ができるようにお互いに育て合っていこうというグループ
(=共同体)を作り、そこに参加していこう(=貢献していこう)という気持
ちをもつことが、今、先生方に最も必要な意識改革なのです。
やがて中堅の立場になる若い先生方には、ぜひ、自分の学校を学びの場にし
ていくための中核的な存在になってもらいたいと願っています。
「苅宿俊文の『先生のための新リベラルアーツシリーズ』」は今号で終わり
です。次号からは、日本各地で行なわれている教育改革について考える新しい
シリーズが始まります。ご期待ください。
(終わり) |